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大腸スコープ編

大腸Endocytoの開発経緯と大腸病変診断において期待される有用性

工藤 進英 先生
[昭和大学横浜市北部病院 消化器センター]

Endocytoによる観察で生検診断に匹敵する情報が得られる

内視鏡が消化管の観察に使われ始めるよりはるか以前の約150年前から、消化管癌の診断のgold standardは、ヘマトキシリン・エオジン(Hematoxylin-Eosin:HE)染色した組織標本の光学顕微鏡観察に基づき構造異型と細胞異型を評価する病理組織診断とされてきました。ですから内視鏡医にとって、より詳細な診断情報を取得するため、生体内で構造異型や細胞異型を内視鏡観察することは、長年の夢でした。
1990年代に私どもがオリンパスと共同開発してきた拡大内視鏡が製品化され、実体顕微鏡による大腸腫瘍表面の腺管開口部形態観察によって確立されたpit pattern診断が、生体内でも実施可能となりました。それにより最大倍率約80~100倍の拡大内視鏡が普及し、粘膜表層の構造異型を評価する拡大内視鏡診断が広く行われています。しかしやはり癌の確定診断に迫る情報としては、核を含む細胞異型の所見まで内視鏡観察でとらえたいわけです。そこで私どもは、大腸粘膜で核と細胞の生体内観察を可能にする超拡大内視鏡(Endocyto)の共同開発をオリンパスと進めてきました。
このたび、最大倍率520倍(技術検証機・OEV262H使用時)の超拡大内視鏡(endocytoscopy:EC)観察機能が搭載された、Endocytoの大腸スコープが臨床使用可能となりました。一連のズームレバー操作で、通常の非拡大観察、拡大観察からさらに倍率を上げてEC観察まで、1本のスコープで行えます。これにより、従来の拡大内視鏡による構造異型の観察所見に上乗せする形で細胞異型の所見を取得できます。すなわち生検採取標本の病理組織診断に匹敵する情報を生体内でリアルタイムに取得できる、まったく新たな診断モダリティとして、非常に大きな臨床的有用性が期待されます。

内視鏡診断の精度を向上させ癌の転移機序解明にも役立つ

大腸腫瘍に対する従来の拡大内視鏡診断では、粘膜表層の構造異型の情報のみに基づき、深部までの組織型や浸潤の深さを推測することで良悪性の鑑別や癌の深達度診断が行われてきました。これに対し細胞と核を染色して行うEndocytoによるEC観察では、核の形状や腫大の程度、細胞異型の程度といった所見が得られます。私どもはこれらのEC観察所見を大きく3区分、細かくは5区分して、予測される組織型と対応づけたEC分類(図1)を提唱しており1,2)、従来の内視鏡診断より高精度な診断を可能にすることを実証してきています。
腫瘍・非腫瘍の鑑別診断の精度については、生検診断に対するEC観察の非劣性を示しました3)。深達度診断についても、色素拡大観察によるpit pattern診断と比べて精度の上乗せが得られることを明らかにしています(図2)4)。転移リスクがより高い中分化型腺癌の高分化型腺癌に対する鑑別も、従来の拡大内視鏡観察では困難でしたが、EC観察では高精度に診断できる可能性があり、検証を進めています。将来的には、癌の確定診断に現在は必須とされている生検診断を省略し、Endocytoを用いた内視鏡診断だけで内視鏡治療か外科手術かの選択を含め、治療方針を決定できるようになることが期待されます。

図1
大腸におけるEC分類 [<腫瘍>EC 3a:文献2より転載]

EndocytoではEC観察にNBIを併用するEC-NBI観察も可能であり、血管の拡張・狭小化や連続性の変化といった微細血管構造を評価できます。私どもはそれらの所見を3区分するEC-V分類を提唱し、EC分類に対する補助的な診断指標としての有用性の検証を進めています(図3)5)。またEC-NBI観察では、切除標本による病理組織所見では決してわからない、血管内の赤血球の挙動や血流の速さを生体内でとらえることも可能です。これにより、腫瘍血管新生による転移のメカニズムが実際の観察画像下で詳細に解明されることも期待できます。

図2
大腸病変のpit pattern診断に対するEC観察の診断精度上乗せ [文献4より作図]

図3
大腸におけるEC-NBI観察、拡大NBI観察、EC観察の診断精度比較 [文献5より作図]

大腸癌早期発見・治療の促進が期待される

Endocytoの登場は今後、大腸癌診療の実臨床に多くの重要なメリットをもたらすと考えられます。悪性度の評価も含めてより精度の高い内視鏡診断が行えるようになることで、より早期にリスクの高い大腸癌を発見し、予防医学の考え方に基づいてより適切な治療やフォローアップの方針を決定できるようになるでしょう。また生検による病理検査を省略して確定診断を下せるようになることで、診療プロセスがスピードアップし、患者さんの負担も軽減されると思います。特に、出血リスク因子を有する患者さんで不要な生検を回避できるメリットは大きいと言えます。
現在、EC画像から抽出・処理した核形態や微細血管形態に基づく、人工知能搭載の自動診断システム6,7)が開発中です。将来、このシステムが臨床導入されれば、迅速・高精度な大腸癌診断が簡便に行えるようになる可能性があります。大腸癌の死亡率抑制が喫緊の課題とされるなか、その臨床的メリットに大きな期待感を抱いています。