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順天堂大学 消化器・低侵襲外科
福永 哲 先生

略歴:
昭和63年琉球大学医学部医学科を卒業。順天堂大学医学部附属順天堂医院外科臨床研修医を経て、平成4年順天堂大学浦安病院外科助手。平成6年から8年まで米国ピッツバーグ大学 麻酔・集中治療部に留学。平成16年癌研究会附属病院消化器外科勤務、平成19年がん研有明病院消化器外科医長を経て、平成21年聖マリアンナ医科大学 消化器・一般外科臨床教授に就任。平成27年順天堂大学 消化器・低侵襲外科教授に就任、現在に至る。平成20年より徳島大学臓器病態外科学 臨床教授併任、平成27年より聖マリアンナ医科大学 客員教授併任。

はじめに

上部胃癌に対するNo.10,11dの完全郭清のための脾摘の有用性を検証する無作為化第III試験(JCOG0110)の結果、大彎に浸潤のない上部胃癌では、脾摘の有効性は示せず脾温存が推奨されることになった。ただし、大彎にかかる進行胃癌については、これまで通り脾摘によるNo.10,11d郭清が標準治療である。
一方、以前からすだれ郭清と呼ばれている脾温存による脾門部リンパ節郭清の適応や、その意義についてはまだ明確になっていないが、近年の著しい腹腔鏡手術の普及により、腹腔鏡下手術での脾温存脾門部リンパ節郭清の手技やその治療成績が報告されるようになった。当科では、現在、腹腔鏡下胃全摘、脾温存D2郭清の適応を、既存のデータベースからその転移頻度を考慮し、上部早期胃癌でcN(+)症例と上部進行胃癌で大彎にかかる腫瘍径4cm未満としている。
本稿では、当科で行っている膵後筋膜剥離による間膜化を意識した”Outside-In approach”による腹腔鏡下胃全摘、脾温存D2郭清の手術手技を解説する。

SONICBEATの特徴と利点

SONICBEAT

SONICBEATは47,000回/秒の超音波振動による摩擦熱で組織のタンパク質変性を起こし、5mm以下の血管のシーリングとともに組織を切離することができる超音波凝固切開デバイスである。ファインな先端形状により繊細な処置が可能となることに加え、高い先端把持力によるロングピッチでの切離時に切離ラインがずれないことも有用であり、本手技に有用であると考える。

手術手技の要点

1)リンパ節郭清

我々はこれまで簡便にリンパ節郭清を行うために、腹腔鏡独自の水平方向の視点を利用した「左胃膵ひだに対するLeft-sided approach(左側アプローチ法)」を行ってきた。この方法では、患者左に立つ助手が、まず左胃膵ひだ(左動静脈のペディクル)を胃の背側から引き出すように持ち腹側に伸展させて、次に右に立つ術者が、左胃膵ひだの左側から切離を開始する。まず郭清に先立ち左横隔膜脚を露出し、かつ郭清終点を確認するが、この操作によって左動静脈ペディクルが胃間膜として腹側に牽引しやすくなり、腹膜の断裂による不要な出血を減らすことができた。この状態で左(No.11p)から左胃動静脈、右(No.8a)に向かって郭清を行っていた。
近年、cN(+)症例を含むStage IIIBまで腹腔鏡手術の適応を拡大したことから、より転移リンパ節を含む左胃膵ひだの持ち変えを減らし、かつ、より全体的に腹側へ牽引できるよう、新たな「Outside-In approach」を開発した。この方法では助手が患者左から左胃膵ひだを腹側に挙上することには変わりないが、まず右の横隔膜脚を露出しそこから胃間膜背側の剥離に入りその剥離を膵後筋膜の剥離まで延長する。次に左胃膵ひだの腹膜を膵上縁で全周性に切開し、助手の牽引をより腹側へと引き上げる。これによって緊張のかかる腹膜が全周性に切離され、左胃膵ひだの間膜化が容易となる。
この膵後筋膜剥離を膵体尾へ拡げることでNo.11p,dについても間膜化が可能になる。
No.10リンパ節の郭清においても、この後腹膜の剥離によってある程度脾門部が腹側に挙上でき、かつ中でも最も視野が狭くなる上方での短胃動静脈の切離時は、その背側から十分観察でき有用である。ただし脾門部の血管走行にはバリエーションも多く、術前に造影CTで詳細な脾動脈の脾門への侵入形態を把握しておくことが望ましい。

2)再建

当科での胃全摘後の標準的再建法はDistal Jejunal Pouch付きのRoux Y法である。食道空腸吻合は我々が本邦に導入した経口的アンビル挿入法で行い、そこから40cm肛側にlinear stapler 60mmを2回使用して約9cmの空腸パウチを脚吻部に作成する。体型に関わらず腹腔鏡下操作でも流出路の狭窄を気にすることなく容易に施行可能である。間膜間隙の閉鎖は、非吸収糸による連続縫合で閉鎖している。
またRoux脚のねじれ防止のため、脚を十二指腸断端閉鎖部に固定している。

セッティング

1)患者体位

頭高位や左高位に対応できるよう、体幹をマジックベッドで固定する。両下肢は両側腹部トロッカーの鉗子操作の妨げにならないように、レヴィテーターを使用し股関節をやや外転・進展させ固定する。

2)ポート位置

臍部を縦に切開しオープン法で10mmスコープ用ポートを挿入する。逆の台形型に左上腹部(12)、左側腹部(5)、右上腹部(5)、右側腹部(12)トロッカーを挿入する。肝円索を直針ナイロン糸で右上腹部の腹壁に固定し、肝左葉の挙上はorgan retractorを用いている。

リンパ節郭清手技

1)No.4d,6リンパ節郭清

まず術者が患者の左、助手が右、スコピストが脚間に立つ。
大網、胃結腸間膜の切開から入り、No.4d郭清を行う。
No.6郭清を、我々の提唱している「Outside-in approachによるリンパ節郭清」手技で行う。まず横行結腸間膜前葉とToldt膵前筋膜を十二指腸第2部から膵頭部が十分に露出するよう剥離する。No.6領域を間膜化するため、まず郭清の外側と内側の辺縁を露出する。外側は、前上膵十二指腸静脈(ASPDV)をその末梢から中枢へ露出し、十二指腸の辺縁沿いに切り上げることで、前上膵十二指腸動静脈(ASPDV)領域、幽門下動静脈(IPV)領域、右胃大網動静脈(RGEPV)領域を明確に認識することができる。
次に内側は横行結腸間膜前葉から膵下縁を確認しRGEVの根部へ切離を進める。ここで動静脈を腹側へしっかり牽引し、ASPDVとRGEVの分岐とRGEVから出る膵枝を確認する。この膵枝を損傷しないようRGEVにクリップを掛け、Vessel Sealing Systemで切離する。
さらに外側に切離を進め幽門下静脈を切離し、そのまま膵頭表面の郭清を十二指腸沿いに切り上げることで、幽門下領域郭清の外側が作られることになる。通常この操作で、前上膵十二指腸動脈(ASPDA)の走行が確認できる。
次に先に露出した膵体部下縁から膵体部頭側へと剥離を進め、内側から胃十二指腸動脈(GDA)を確認する。この操作後に右胃大網動脈(RGEA)のペディクルを腹側へ牽引し、GDAとRGEAの分岐を確認する。RGEAの両側を走行する神経束をソニックビートで切離し、RGEAの根部でテンティングに注意してクリップをかけ、Vessel Sealing Systemで切離する。この切離によって残る間膜の血管はIPAだけになるので、内側からその走行を確認し、膵損傷に気を付けてVessel Sealing Systemもしくはソニックビートで切離する。十二指腸切離に向け辺縁動脈もソニックビートで切離する。

2)No.5,12aリンパ節郭清

十二指腸上縁をその背側から剥離し、上十二指腸静脈(SDV)の背側にガーゼを挿入する。次に胃を引き下ろしてSDVを腹側からソニックビートで1-2本切離する。
ガーゼを取り出し、自動縫合器で十二指腸を切離する。
ここで術者が患者左から右に移動し、次に右胃動脈(RGA)を尾側へ牽引、固有肝動脈前面の神経叢を確認し、小網の切離を行う。RGAのペディクルを腹側に引き上げ、 幽門後リンパ節を総肝動脈および前肝神経叢から剥離する。RGA根部を固有肝動脈のテンティングに注意してクリッピングし切離する。その後に先の幽門後リンパ節から連続するNo.8a,8p,12aリンパ節を助手が内側に引き揚げ、肝十二指腸間膜内を上行する神経束や門脈壁からこれを切離する。ここが左胃膵ひだへのOutside-In approachの右外側縁となるのでここにトロックスガーゼを置く。

3)膵後筋膜・食道の剥離

ここから膵上縁の郭清を行うが、郭清操作に先行して右横隔膜脚の露出からToldt膵後筋膜の剥離に入る。この操作では、この膵後筋膜は大動脈前面までには到達していないため、脚の筋束を露出する層で入ると左横隔下動脈の背側に容易に入るため注意を要する。

4)No.11p,9,8aリンパ節郭清

膵上縁の郭清では、助手の鉗子で左胃膵ひだをその左背側から大きく把持して腹側に垂直に引き上げ、もう片方の鉗子でトロックスガーゼを把持してこれで膵体部を
尾側に展開する。次に脾動脈周囲の神経叢を意識して脾動脈根部付近でこれを乗り越えるように腹腔動脈・腹腔神経叢の左横の疎な空間に入るが、わずかな剥離で先ほどの広い左横隔膜脚近傍の空間に容易に到達できる。この操作によってNo.11pからNo.16a2latに連続するリンパ節を含む脂肪組織を衝立て状に鉗子で腹側に引き上げることができる。

このNo.11pリンパ節を、その足側から動脈の中枢から抹消に向かって動脈周囲の神経叢を露出するように郭清を進める。本症例では術前CTで胃脾動脈の可能性も指摘されており比較的中枢から分枝する後胃動脈確認後にクリッピングして切離した。
No.9郭清では、腹腔神経叢から左胃動脈(LGA)に上がる神経束をその左右とも切離してその根部を露出し、クリップをかけてVessel sealing systemで切離する。No.8a郭清が不十分にならないように、これを包む腹膜下筋膜を前肝神経叢から切離し、同部位からNo.9右を郭清し、先の頭側の剥離に連続させる。

5)No.10,11dリンパ節郭清

ここから膵後筋膜を広く観察することができ、この正確な剥離によって背側胃間膜を間膜化でき、この中から脾動脈神経叢を温存する層で腹側と背側の両方からNo.11pd,10リンパ節を郭清する。
次に脾門部の郭清に移るが、まず脾下終末枝より動脈走行の確認を行う。膵尾動脈は通常約3/4程度確認でき、先の下終末枝や左胃大網動脈(LGEA)から分枝する。この下終末枝からの分枝の場合、膵上縁から丁寧に同動脈周囲の脂肪組織を切離していくと同定しやすい。脾下終末枝周囲の郭清をやや中枢に戻り、LGEAの根部の同定を行う。LGEAは脾動脈の分枝の中でも最も変異性が強くその根部は脾動脈、分岐部、下終末動脈に及ぶため、この切離はその周囲の血管走行が十分把握できてから行う。
下終末枝から脾動脈本幹周囲へと郭清を進めると上終末枝の同定ができ、この動脈沿いに脾門の上方へと切離を進め短胃動静脈を確認し根部で切離する。またNo.10の郭清では、脾動脈周囲の神経叢や神経束を温存し、これを把持牽引することで視野展開に利用している。
脾動脈分岐部より中枢に郭清を進めると脾動脈が上方へ緩やかに湾曲する部分があり同部位のやや遠位で大膵動脈を確認できる場合が多い。この部位では脾動静脈間が離れその間にリンパ節(No.11d)が存在することが多く、同部の郭清は腹側と背側の両方から行っている。このやや近位で後胃動静脈が分枝することが多く、中枢からと抹消からの郭清を完結させる。

6)No.19,2リンパ節郭清

先の胃上部背側の無漿膜野と横隔膜脚の剥離によって、左下横隔動脈の走行が明らかになっているので、この動脈沿いに郭清を進め。噴門枝を確認後クリップして根部で切離する。

7)食道切離

食道周囲の剥離を行い、神経前幹と後幹を切離する。食道切離は、吻合形態がHemi-Double Stapling Technique (HDST)になりかつ、食道左端にOrVilが誘導しやすいように左側がやや鋭角になるよう自動縫合器で切離する。

8)空腸パウチの作成(Y脚の吻合)

食道空腸吻合の前にY脚の吻合を行うことで挙上空腸の捻れを予防できるため、先に腹腔内でY脚の吻合を行う。Treitz靭帯から25cmの部位でELSで空腸を切離し、挙上空腸切離端から45cmの部位でELSによる側々吻合を行う。まず挙上空腸にY脚を逆蠕動性に揃えて、それぞれの腸管の間膜対側にELSの挿入孔を開ける。ここから口側に向かってELS 60mmを使って吻合を行い、次にRoux脚Y脚ともに180度回転させ、先の挿入孔から今度は肛門側に向かってELS 60mmで再度吻合を行う。この時に1回目のELS背側のステープルラインに2回目の背側のステープルラインが重なるよう調整をする。この2回のELS60mmの吻合によって、脚の吻合部に約9cm長の空腸パウチが作成される。挿入孔の閉鎖はELSもしくは手縫いの連続縫合で行い、引き続きY脚部の間膜を手縫いの連続縫合で閉鎖する。

9)食道空腸吻合

臍部のウンドプロテクターから、挙上空腸端内に入れた自動吻合機本体を挿入する。吻合時の巻き込み防止のため、本体挿入後に腸管をべッセルテープで固定し、再気腹する。
まずOrVilの胃管部分を食道左端の切離部位へ押しつけながら、端を約5mmほど三角形に切除する。誘導用チューブが腹腔内へでたら、患者の枕をはずし下顎を頭腹側へ引き上げ、食道第1生理的狭窄部位を伸展させアンビルヘッドを食道切離端まで誘導する。アンビルの固定糸を切り、挙上空腸のセンターロッドを出しアンビルと本体を接合する。
挙上空腸から自動吻合器本体を抜き、盲端をELSで閉鎖する。
HDSTになった食道断端ステープル部分を挙上空腸で覆うよう漿膜筋層縫合をかけ補強する。

10)Roux脚と十二指腸断端の固定

十二指腸断端に、連続で漿膜筋層縫合をかけて、この糸でさらにRoux脚と2-3針ほど固定する。

まとめ

我々の行っているOutside-In approachによる膵後筋膜剥離での背側胃間膜の間膜化で行う進行胃癌に対するD2胃全摘術の手技を解説した。進行胃癌のリンパ節郭清では、No.10,11dリンパ節郭清が手技のポイントとなるが、術後膵液漏予防のためには十分な視野展開と繊細な操作が必須である。同部位は小血管なども多く通常は超音波凝固切開装置が選択されることが多いが、その使用方法は特に熱損傷の観点から重要で、連続的な使用時には特に配慮が必要である。今回使用に用いたソニックビートは、シングルユースながら最後までプローベの損傷や摩耗は見られず、強い凝固能力と把持力が維持できており、複雑な脾門部の郭清に有用であった。