手術の実際

縦隔郭清の基本理念および手技は、左側臥位と何ら変わることはない。剥離・切離はモノポーラ電気メスかTHUNDERBEATを用いている。
THUNDERBEATはバイポーラ単独の出力を有しており、アクティブブレードを少し広げ接触面で当てることでバイポーラ鉗子のような機能も得ることができるため、鉗子の持替え回数が減少した。
術者は左手にオリンパス社製の把持剥離鉗子(特注品)写真4を使用することで、対象となる膜だけを牽引することができ、正確なカットラインを作ることが可能となる。
また、鉗子の開き部分が長いと椎体と気管に挟まれた狭い空間では操作性が悪くなるので、このような鉗子が有用である。右手にはミニメッチェン(A64840A)を使い膜の展開などの大きな動作を行い、温存する神経の周囲では通電することなく用いる。切開モードを使用する際、最近はミスト発生も少なく、ある程度止血凝固能も有するようなモードを持つものが利用できるようになった。THUNDERBEATの本体は電気メスのジェネレーターとしても優れた機能を有しており、このジェネレーター(ESG-400)のpure cutモードを使用している。オリンパス社製のエネルギーシステムは同社の気腹装置(UHI-2/3/4)と連動し、自動排煙することで、常にクリアな視界を保てるようになっている。

THUNDERBEAT 写真5 は本術式が縦隔に垂直に切離することが多いため、先端の20~30%を用いたいわゆるショートピッチで切離することが
多い。また、熱損傷に注意を要するので、手技的にはブレードが直接接する場面や、接していなくても近接した臓器には配慮すべきである。

その他に、止血用のエネルギーデバイスに電圧を固定して、Joule熱だけでカット成分を除き組織表目を焼灼止血するようなモードが有用である。これにはESG-400のバイポーラソフトコアグモードを有窓鉗子(WA64120C)写真6 と組み合わせて用いている。
奇静脈弓の切離および右気管支動脈

縦隔背側では若干の右高位になるように手術台を回転し、縦隔胸膜を奇静脈に沿って切離する。通常は奇静脈弓を結紮し、クリッピング後に切離する 図3 。背側の結紮糸は切らずに患者の背側体外に誘導牽引すると、上縦隔背側の視野の展開が良い。奇静脈弓が短いときは自動縫合器で切離したり、背側は数本に分けて切離したりして、上大静脈側の結紮糸やクリップが外れることがないような工夫が必要である。
その背側にある右気管支動脈を温存する場合は、テーピングして右気管支と気管に向かう末梢までを十分剥離して温存する。気管左側郭清の際に右気管支動脈を延長する必要があるため、その分枝である第3肋間動脈を切離しなくてはならない。
右上縦隔操作

右迷走神経の同定には光学拡大ズームを使うことで、画質の劣化が少ないままに繊細な拡大視観察を行うことができる。熱侵襲による影響を最小限に抑えるため、THUNDERBEATをショートピッチで使うことで、より安全に剥離を進め、通常3本の肺枝を温存し食道噴門枝を切離する 図4 。腕頭動脈右鎖骨下動脈部で右迷走神経から分岐して右鎖骨下動脈を背側に回る右反回神経を同定する。神経系の枝や交路、さらに小さな脈管を丹念に止血しなくてはならず、神経損傷を避けるためにモノポーラ電気メスや超音波凝固切開装置等の使用は制限してきたが、THUNDERBEATの1秒以下の出力による凝固と剪刀による機械的切離の組み合わせにより、出血をコントロールしつつ神経損傷を回避している。また、Active bladeを横に滑らせながら熱を逃がす工夫も有効である。

右反回神経周囲郭清は、右鎖骨下動脈を回った後は周囲から遊離して、周囲リンパ節を含む組織を胸腔内から可能な限り郭清する。最終的に、郭清された組織は肛門側食道に向かって食道切離予定線までモノポーラ電気メスで食道から剥離する 図5 。
左反回神経周囲リンパ節および大動脈弓下リンパ節郭清

食道を腹側に牽引して、食道の背側左側面を大動脈弓および左鎖骨下動脈の血管および胸管から、モノポーラ電気メスかTHUNDERBEATで十分剥離する。胸管はUtと上部Mtの外膜浸潤を有する病変以外は基本的に温存している。次に、食道を背側もしくは左側展開し、左反回神経リンパ節を含む組織を気管左側より遊離する。
次に、オリンパス社製ラチェット付き把持鉗子(縦溝型)にガーゼを巻きつけて、気管分岐部もしくは気管にあてて、それらを手前に転がすように展開して左側上縦隔郭清が可能となる。(いわゆる気管の転がし: 図6 )。
気管から左主気管支に沿った結合織を、気管軟骨部に沿って電気メスで鋭的に剥離するが、数ヶ所で小さな気管食道血管(lateral longitudinal anastomosis)に連絡する血管や、左鎖骨下動脈より分岐する左気管食道動脈が存在し出血するので、そこでは反回神経に注意するが気管軟骨に沿って剥離する限りは安全である。左反回神経と目的リンパ節を含む組織が一塊のlymphatic chainとなって食道についたまま引き出される。その中から左反回神経のみ遊離すれば良い。

病変に対する適切な部位で自動縫合器を用いて食道を切離し、気管左側の郭清対象物を気管より剥離する操作を頚部に向けてさらに延長する。口側食道は前胸壁に向けて縫合固定すると頚胸境界部での術野展開は格段に良くなり、郭清に有利である。向かって奥の大動脈および左鎖骨下動脈の血管鞘内に交感神経系の心臓枝を残し、遊離された脂肪組織の中から左反回神経のみを剪刀を用いて鋭的に剥離して、郭清されるべきNo.106recリンパ節がlymphatic chainのまま頚部に向けて郭清する 図7 。
大動脈弓下リンパ節郭清では、まず

下行大動脈腹側の剥離を、モノポーラ電気メスかTHUNDERBEATを用いて左気管支動脈に注意しながら行う。これを通電することなく剪刀で鋭的に切離し、向かって奥の肺動脈幹の層まで郭清する。左迷走神経の肺枝を確認して、それを温存したところで左迷走神経食道噴門枝をTHUNDERBEATで切離する。この断端を助手に把持してもらい、その向かって奥のNo.109LおよびNo.106tbLのリンパ節郭清を完成させる 図8 。


中縦隔および下縦隔操作

確実な止血が求められる気管分岐部のリンパ節郭清はTHUNDERBEATを用いて、右肺門より心嚢面と右気管支に沿った郭清後に、左気管支に沿って左下肺静脈に注意して郭清し、すべて切除側食道につける。
下行大動脈から分岐する固有食道動脈をTHUNDERBEATで切離する。下縦隔では左開胸にして左下肺間膜をTHUNDERBEATで肺に沿って切離
し、下大静脈のあるくぼみに存在する脂肪を郭清する。最後に横隔膜上で左脚右脚が露出するところまで横隔膜上リンパ節を郭清する 図9 。
胸部操作終了

洗浄後止血を確認する。胸腔ドレーンを第7肋間のポートを利用し、肺尖に向けて挿入する。切除側食道には連結の弱いリンパ節がすべてついているため図10 、ビニール袋をかぶせて落下や散布を予防する。後縦隔経路再建のため、口側と肛門側食道断端につけた糸を余裕を持たせて連結し、胃管挙上のための牽引糸とする。ポート部皮膚を閉鎖して胸部操作を終了する。